拝啓、「ここは自分の居場所じゃない」と心では分かっているアナタへ
「ここは自分の居場所じゃない」——そう感じるのは、どんな瞬間だろうか。
頑張っても頑張らなくても変わらない仕事をしているとき。
納得できないまま、誰かの正しさに合わせ続ける毎日を送っているとき。
自分の意思より組織の都合を優先している自分に気がついたとき。
竹田ファーム・竹田さんも、かつてはそんな葛藤を抱えるサラリーマンの一人だった。
そんな竹田さんが直感的に飛び込んだのは、それまで全く縁のなかった「酪農」の世界。

新卒で一般企業の営業職に従事。退職後、完全未経験から別海町の「中山農場」へ飛び込み、酪農家としての修行をスタート。
その後、研修牧場や地域おこし協力隊としての「農場派遣事業」を経て、2025年4月に十勝・広尾町にて町内初となる
「居抜き第三者継承」の形で夢だった独立を果たし、「竹田ファーム」を設立。
サラリーマンから酪農家へとポジションを変えただけで人生は一変する。
客観的に見れば過酷な日々を、「正直今の方がいい、全然苦じゃない」と語る竹田さんが、大切にし続けたものとは。
スーツを脱ぎ捨て直感で飛び込んだ、全く縁のない「酪農」という世界
物語の舞台は、北海道広尾郡広尾町。
農業大国・十勝の最南端に位置する、人口約5,800人の町だ。
札幌から車で約4時間のこの場所で、竹田さんは2025年4月に新規就農を果たした。
「就農1年目は、3日しか休んでないですね」
「基本的に酪農って餌も毎日やらなきゃいけないし、乳搾りも毎日しなきゃいけないので、そういう意味では一年中稼働しているっていうような仕事です」
そう微笑む竹田さんの朝は、私たちがまだ眠る時間から始まる。

ゼロから施設を建てる従来の新規就農とは異なり、コストとリスクを抑えて経営をバトンタッチする「居抜き第三者継承」は、広尾町内で初の試みとなる。
「朝4時半には牧場に行っています。そこから餌を配って、搾乳をして。うちは放牧をしているので牛を外に出して、牛舎の掃除をします。あと、子牛にミルクをやって……大体4時間ぐらいはかかるんですよね」
ようやく一息つけるのは、時計の針が8時半を回った頃。
夕方にも再び搾乳や子牛の世話、掃除が待っている。
この他にも、畑作業や牧草地の管理、分娩の対応などやるべきことは山積みだ。
「まだ就農したばかりというのもあるので、色々と改善していきたい部分がいっぱいあります」
そう実直に語る竹田さんは学生時代、札幌市内の強豪校で厳しい練習を乗り越え、甲子園出場まで果たした根っからの体育会系である。
大学卒業後は新卒で一般企業に就職し、スーツを着て営業職に従事していたのだ。
そんな竹田さんでも、たった1年半で新卒入社した職場を離れることになった。
「突然会社を辞める決断をしたので、周りからは心配されましたね」
精神的な診断を受けたわけではない。
ただ、実直に懸命に生きてきたからこそ、心の中の違和感を無視できなかった。

知らないうちに私たちが口にする有名なチーズや牛乳になっているかもしれない。
「もう、直感というか。あまり深く考えたわけじゃないんですけど。農業体験でもしてみようかな、と思ったのが最初のきっかけですね」
竹田さんの止まっていた人生を動かしたのは、「今紹介できるのは、酪農かな。まずはそこを体験してみたら」という知り合いからの1本の電話だった。
「たまたまタイミング的に、酪農しか選択肢がなくて。何なら、その後に畑作でもやればいいか、くらいの軽い気持ちでした」
会社を辞めてわずか1ヶ月後、別海の地で酪農人生が始まった。
運命を動かした別海での出会いと、手繰り寄せた前例なき「第三者継承」
「最初は『牛でけぇ』と思いましたよ。でも、牛ってすごく臆病な性格をしていて、基本的には人に向かってこないんです。ガタイはこんなに大きいのに、そういう臆病なところが可愛いなと思ったりして」
農業とも酪農とも縁遠い存在だった竹田さんは、別海町にある中山農場で第二の人生を歩み出す。
「機械に乗るとか、搾乳一つ取ってもそうだし、もう全てが新鮮な世界でした」
当時を振り返り印象的だったことがもう1つある。
それが、都会とは全く違う人間関係だった。

互いの挑戦を応援し合える仲間の存在が、竹田さんの原動力になっているのかもしれない。
「田舎独特の緩さというか、いい意味でギャップがあって。その時の自分にとっては『肩肘張って生きなくてもいいんだな』っていう思いにさせてもらえて……よかったですね」
別海での酪農体験が1ヶ月を過ぎた頃、運命の夜が訪れる。
「竹田くん、一緒にお酒飲もうよ」
当時の社長から誘われた飲みの席で、竹田さんの心は大きく動いた。
「俺は、若者に寄り添って生きていくんだ」
熱く夢を語る社長の話を聞いて「ここで働こう」と決心した竹田さん。
中山農場で5年間経験を積む中で、今度は自分自身の明確な夢が形づくられていく。
「2年くらい経った頃ですかね。いつか独立して自分でやりたいなと思うようになりました。同じ別海にある研修牧場は新規就農したい人が集まる場所で、そこに行けば近づくかなって」

高齢化や後継者不足など、様々な課題を抱える現在の農業界において、まったく縁のなかった「元営業マン」の挑戦と成功は、非常に貴重な光だ。
しかし、新規就農への道は決して簡単なものではなかった。
「物件があって、前の人が辞めるタイミングと自分たちが入るタイミングがマッチングしないと難しい。運やタイミングも大事なんです」
自分ではどうすることもできない要素に阻まれ、確約のない不安な日々が続く。
それでも諦めずに歩みを止めなかった竹田さんは、次なる舞台・広尾町へと導かれる。
「新しい新規就農の仕組みづくりから構築していきたいという話を聞いて、地域おこし協力隊として広尾に移住しました。そこで農家さんのお手伝いをする『農場派遣事業』を始めたんです」
「ゼロから始めたので、最初は農家さん側も警戒心や不安があったはずです。それでも、口コミで少しずつ件数が増えていって」

この場所で育まれた多様な人間関係が、酪農家としての独立を支える土台の一つとなった。
実直に、懸命に働く。
そんな竹田さんの姿を、地域の人はしっかり見ていた。
「竹田くんなら信用できる」
現場から上がったその声が、未来を変えていく。
誰がやったって変わらない、そんな仕事じゃなかった。
竹田さんだからこそ、切り拓けた未来だった。
こうして、町内初となる「居抜き第三者継承」での新規就農が実現する。
別海で独立の夢を抱いてから、およそ9年の月日が流れていた。
確約のない不安の中で積み上げた信頼と、次世代へ繋ぐこれからの酪農
別海の地から始まった酪農家としての独立の夢は、十勝・広尾町で結実した。
しかし、前例のない制度の壁や、自分ではコントロールできない運やタイミング。
振り返れば、その道のりは決して平坦なものではなかった。
「30歳を過ぎて『やっぱりダメでした』となったら、その先どうするんだろうって。『新規就農したい』と思って研修をしても、自分の牧場を持てる確約はない。そういう先が見えない不安は、やっぱり大きかったですね」
当時の正直な胸の内を、そう明かしてくれた竹田さん。
しかし、そんな確約のない日々の中でも、大切にし続けたものがあった。
それは、どこまでも実直な竹田さんらしい「答え」だった。

「確約のない不安」の中で一歩を踏み出せた裏には、いつも笑顔で背中を押してくれた奥様と、この幼い命たちの存在があった。
「やっぱり、信頼を積み上げていくこと。そこに尽きるんじゃないかって思うんです」
「ゼロベースで始めた農場派遣事業を通じて、いろんな牧場に行かせてもらいました。そこで寝坊や遅刻をせず、しっかり真面目に仕事をこなす。その当たり前の積み重ねが、現場からの信用に変わっていったんだと思います」
どれだけ信頼を積み上げても、本当に自分の牧場が持てるかは分からない。
それでも、自分にできる目の前の「当たり前」を、竹田さんは決して怠ることはなかった。
「農協に話をしに行ったり、協力隊として地域のために活動したり。そうやって積み上げたものが、必ず何かに繋がると信じていました。結果的にこうして素晴らしいご縁に恵まれて、本当にありがたいなと感じています」
夢だった独立を果たし、2年目に入った竹田ファーム。
確固たる信頼を築いた竹田さんは今、視線の先に「次の夢」を描いている。

家族との時間を大切にしながら、持続可能な経営スタイルを自ら体現しようとしている。
「まずは、自分がこの酪農という仕事を長く続けていきたい。その上で、できれば次の世代にもこの場所を繋げていきたいという想いがあります」
「自分が第三者として新規就農をさせてもらったからこそ、次は自分が受け皿になって、しっかり次の誰かにバトンを渡していくことが大事かな、って」
さらに竹田さんは、自分自身を1つのモデルケースとして、かつての自分のように悩む人たちへ選択肢を届けたいと願う。
「自分も全く関わりのないところから酪農に縁あって、『いい仕事だな』と思えた。だからこそ、昔の自分のように縁のなかった人たちにも『酪農もいいんじゃないかな』と思ってもらうきっかけになりたいんです」
「新規就農じゃなくてもいい。『職業選択の1つとして、酪農も悪くないよ』って。決して遠い世界の話じゃないんだということを感じてもらえたら嬉しいですね」
かつてサラリーマン時代に感じていた、あの心の違和感はもう無い。
今は十勝・広尾町で、自分の人生を自分の手で動かしている。
そして、未来へバトンを繋ぐため、竹田さんは今日も実直に信頼を積み上げ続ける。
未来を動かすきっかけは「心の違和感」|自分の心に嘘をつかない選択
「本当は、地域にも貢献していきたいなっていう気持ちはあるんです。ただ、自分にゆとりがないときれいごとになっちゃうと思うので、まずは自分がしっかりと稼げるようにならないとなって思ってます」
そう語る竹田さんの言葉には、どこまでも嘘がない。
もしあの時、自分の心が感じる違和感に目を背け続けていたら、これほど熱く夢を語り、豊かに笑えていただろうか。

かつて都会の真ん中で抱いた「心の違和感」に実直に向き合い、居場所を変える選択をしたからこそ、この美しい景色に辿り着いた。
竹田さんが指差すその先には、家族と共に一歩ずつ創り上げていく、「竹田ファーム」の明るい未来とこれからの酪農の姿が広がっている。
「土日休みが当たり前だった時からしたら考えられないと思うんですけど、なかなか休みが取れない今の方がいいですね。そもそも自分がやりたくてやってるっていうのがあるので、大変ですけど全然苦じゃないです」
アナタは今、自分が本当に居るべき場所に立っているだろうか。
もし少しでも心に引っかかるものがあるなら、ポジションを変えてみるのもいいかもしれない。
竹田さんの歩みが、アナタの未来を動かす小さなきっかけになることを願って。
編集後記
実直、真面目、丁寧。
インタビューを通して、私が感じた竹田さんへの印象だ。
しかし、そんな印象を持ったのは私だけではなかったようだ。
パートナーが移住や独立を後押ししてくれた理由を、竹田さんはこう振り返る。
「『しっかりしてる人だと思ったから、大丈夫なんじゃないかな』っていう風に思ってくれたみたいです」
少し照れくさそうに話す姿からは、パートナーへの深い信頼と感謝の気持ちが垣間見えていた。
また、ご両親も「自分でやった方がいいんじゃないか」と、その背中をずっと応援してくれたという。
竹田さんがこれから次の世代へ繋ごうとしている未来のバトン。
それは、彼を信じて支え続けた温かい人たちが、かつて彼に渡してくれたバトンなのかもしれない。
